青木の目


「この黒炭が人間だったんですね‥。」

現場で見つかった焼死体の前で合掌しながら、両目をきちんと見開いて青木は言った。

 

「なに呑気な事いうとんねん、他にわかる事ないんか?ペーペーの鑑識はん。」

呆れた様子で言う堂山を見て、青木が続ける。

 

「これからきっちり調べますから安心して下さい、僕らは勘とか足じゃなくて頭使って捜査しますんで。」

嫌味ったらしさ満点の返答に、堂山もやれやれという様子だ。

 

「仰る通りですわ、ほんなら関係者の聞き込みから始めさせてもらいます。

堂山は右の口角のみを上げながら、青木の方をちらりと見て言い去った。

 

「パシャ!」

青木はその堂山の顔を写真に収めた。

 

「こんなに丸焦げだったら現場を漁ってもわかること少なそうですね。持って帰るもん持ってサッサと引き上げちゃいましょう。」

室内にいる数名の調査員が軽く頷き、仕事を続けた。

 


「お忙しいところお集まり頂きまして有難う御座います。ご存知の通り、本日この建物で火災が起きまして、そこから焼死体が発見されました。警察は事件と事故両方の可能性を視野に入れて捜査をしていますので、皆さんもご協力をお願いします。」

堂山は慣れた様子で言った。

 

聞き込みは、火災現場である材料工学科棟に入っている研究室の人員から始まった。総勢30名ほどが別棟に設けられた団欒スペースに集められ、そこには酒井恵美の姿は勿論、酒井研究室に所属する夏海や結子の姿もあった。

 

「では続いて‥、酒井研究室の酒井先生お願いします。」

要領よく事情聴取をこなしていく堂山が、酒井恵美の順番が来た事を伝えた。

 

「それではまず、事件のあった時間、先生はどこで何をしてらっしゃいましたか。」

堂山はルーティーン化された、事件当時のアリバイについての質問を投げかける。

 

「火災が起こった時刻は研究室にいました。ちょうど研究室内での休憩時間でしたので、私の研究生は殆ど室内にいたかと思います。」

酒井恵美は歯切れの良い口調で言った。夏海や結子も同調して頷いていた。

 

「なるほど。では火災に気づいたのはいつ頃でしょうか。」

堂山は続けた。

 

酒井恵美が答えようとした時、夏海が割って入り言った。

「研究室にいた時に、火災報知器のベルの音がしたので、私と結子が廊下を見に行きました。何だか蒸し暑いと感じたので廊下を歩いていったら、技術実習室の上の窓が煙で真っ黒になっていて、そこから炎も見えたので火事だと思い、叫びながら逃げました。」

 

「なるほど。火災報知器が鳴っていたことに気づき、現場を確認、その後に避難という流れということですね。」

証言を軽くまとめて、堂山は同意をとった。

 

「では、事件当日、他に変わったことはありませんでしたか。」

堂島は話の締めくくりの決まり文句として、何の期待も込められていないことが聴き手にもわかる口調で問いかけた。

 

「はい。何も。」酒井恵美は即答した。

「はい‥。」夏海は藤原の母が訪ねてきていたことが頭によぎったが、少し面倒なこともあり喉元で止めた。

 

「ありがとうございました。」

堂山は、右の口角を少し上げて言い、次の事情聴取に移った。

 


堂山は受信機という火災報知器の大元の制御盤の設置されている部屋の場所を学生課で聴き、『火災受信所』という赤い表示の掲げられた守衛室の扉をノックした。

 

「失礼します。」引き戸を開けて中に入る。身体の大きい堂山は少し屈んでもう一つ奥の部屋を覗き込んだ。

 

「すみません、警察です。本日起こった火災について調べているのですが、お時間宜しいでしょうか。」

 

そこには年配の警備員が二人座っていた。窓の外には間近に校門が見える。

 

「はい、何でしょうか。」片方の白髪頭の警備員が返答する。

 

「ここに火災報知器の受信機がありますが、火災のあった時間、ご確認になられましたか。」

せっかちな堂山は長引くことを懸念して、一番知りたいことを聞いた。

 

「見ますよ。おっきい音がピーピーなるもんで。殆ど誤作動やけど、念のため見に行くことになっとるから。材料工学科棟で火災やて表示されてたから準備して向かってました。」

白髪頭が続けた。入れ歯をしているのか、発音に聞き取りづらい部分がある。

 

「なるほど。大体何時頃の話ですかね。」堂山が聞く。

 

「確か4時くらいやったと思いますわ。ここ出たんが4時過ぎで、長引いたら5時に帰れへんようになってまうわいうて気にしてたから。最近、厳しいんですわ。残業代は絶対出さへんから、絶対残業したらあきませんねん。」

白髪頭は微笑を浮かべながら告げた。

 

「分かりました。他に変わったことはありませんでしたかね。そちらの方はどうでしょうか。」

堂山はもう一人の顔の大きい警備員の方を向いて問いかけた。

 

「変わったことね‥、そういえば私も受信盤見とったんやけどね。最初は材料工学科棟の『東階段』っちゅう所が火災やて光ってて、うるさいな思って音止めましたんや。ほんなら暫くしてまた音鳴り出したんやけど、その時は「材料工学科棟 2階』っちゅう所も光ってましたしたんや。あれ、二つになっとる‥もしかして本当に火事ちゃうんかと、その時思ったのを覚えてます。」

顔の大きい警備員が目線を少しあげて、思い出しながらゆっくり言った。

 

「ほう、最初は『東階段』の火災表示があったと。その後に『材料工学科棟 2階』の火災表示が点灯した‥。しかしこれはおかしいですね。火災現場であった技術実習室にも火災報知器はついているでしょう。なぜ階段の表示が先行したとお思いですか。」

堂山の口調が少し早くなった。

 

「さあね‥、技術実習室の煙感知器が壊れとったんじゃないんですか。」

顔の大きい警備員は考えるのが面倒なのか、思考停止しているのか、最も簡単な可能性を口にした。

 

「技術実習室に設置されていたのはおそらく煙感知器ではなく、熱感知器でしょう。前回の点検報告書はここで管理していますか。」

誤りであろう証言を訂正し、堂山は引き続き事実を引っ張るための問いを続ける。

 

「はい。ありますよ。点検に入ったのが1ヶ月くらい前でしたが、あれから故障があったとかは報告されてないですね。あ、ありました。これどうぞ。」

書類を漁りながら、顔の大きい警備員が言った。

 

「有難う御座います。確かにすべての設備が正常に作動しているという報告がされていますね。故障の可能性は極めて低いでしょう。」

断言すると共に、一つの疑問点が浮かび上がった。なぜ、技術実習室の熱感知器は作動しなかったのだろうか。堂山は、ここを掘り下げれば真実に辿り着けるのではないかという期待を持った。

 

「有難う御座いました。また何かお気づきになられたことがありましたらご連絡ください。」

そう言って、手帳の表紙裏に数枚挟んである端の縒れた名刺一枚を、一応白髪頭の警備員に渡してその場を去った。

 


「もしもし、オイ、やっと出たなコラ。火災の原因特定できたんか?」

堂山は苛立ってるという事を伝えたいと言わんばかりに電話口の相手をまくし立てた。

 

「ちょっと待って下さいよ。現場に一箇所、燃焼が激しい箇所が見られたものの、火災盛期を超えていたので中々簡単には分かりませんよ。堂山さん、フラッシュオーバーって分かりますか?」

ペースを乱されるのを嫌う青木は、取り敢えず堂山を落ち着かせるために専門的な質問をしておいた。

 

「分かるわボケ。モノが燃えて発生する可燃性のガスが天井付近に溜まって、炎が大きなった時にその可燃性のガスに引火して急激に燃焼が進むって現象やろ。舐めとんなよ。」

堂山は威勢のいい口調で正解を述べた。

 

「お、すごい。さすがですね。そのフラッシュオーバーが起こったみたいなんで、何か現場に可燃性のガスを出す合成繊維とか、ビニル系の家具があったのではないかと予想してます。逆に、そちらで何か技術実習室にあった物品について聞く事はできませんか。」

青木は堂山が消防設備士の免状を全類分取得している事を知っていたが故に、敢えて質問をするという嫌味を言った後、さらに堂山の仕事を増やしてやろうと、会話を続けた。

 

「お前、これで有力な情報こっちが掴んだら、飯奢れよオイ。」

堂山は、いつも上手い様に動かされるのを自覚している。

 

「はいはい、分かりましたよ。食べたいもの決めといて下さい。では、お願いしますよ。」

堂山の扱いは簡単だと言わんばかりに、青木はあしらった。

 

「金おろしとけよ、坊ちゃん。」

電話口で堂山は、右の口角を上げて言った。

 

「僕、Apple Payなんで大丈夫っす。」

青木は微笑を浮かべながら電話を切った。

 

「しかし本当に何が燃えたんでしょうね。机と測定機器くらいしかなかったと聞いています。」

青木は、現場に同行した鑑識課のメンバーをみて本音を呟いた。

 

酒井恵美の目


事件当日、酒井恵美を激しく動揺させたのは、藤原素子の訪問だった。